みなさん、こんにちは。
ウィスコンシン州在住のゆうこです。
ここウィスコンシン州は10月に入っても夏日のような暑い日があったり、かと思えば急に肌寒くなったりと、忙しい気候が続いている今日この頃です。
9月から子どもたちのスクールも始まり少し時間ができた頃、定期検診のマンモグラフィ検査をアメリカではじめて受けました。そして、組織を採取する生検を経て「乳がん」と診断されました。
自分はがん家系ではなかったので「きっと大丈夫!」と思っていたのですが、まさか自分が当事者になるとは。
診断を聞いた時は、やはりショックでした。いろんなことを考えました…
そこから少し時間が経った今も、ふと不安がよぎることはありますが、少し落ち着いて、現実を受け止めているところです。
これから自分の身に起きたことや、そこから知ったことを記録としてブログに残していこうと思います。
同じように不安を抱えている人や、検診に行くことをためらっている人に、この体験が少しでも届けばうれしいです。

生検の結果が出るまで
生検を受けたあと、結果の連絡が来るまでの数日間、もし悪性なら今後はどうなるのか?どのような治療が受けられるのか…自分が入っている保険は適用されるのか…など医師から伝えられたことも思い出しながら、ネット検索をする日々で落ち着かず。
電話は今日来るかな?
もう今日は電話来ないだろうな、じゃあ明日かな?
とドキドキしながら数日過ごしました。
ところが結果の連絡はすぐには来ず「ちょっと心配し過ぎかな」と、少し忘れかけていました。
電話越しの「Unfortunately(残念ながら)…」
そして、検査結果の電話がかかってきたのは、検査から5日後。ちょうど息子の迎えから帰宅したタイミングでした。
病院からの電話は、通訳サービスを通しての会話でした。最初にフルネームや生年月日の確認、そして本題へ…
看護師さんが英語で話してくれる中に、はっきりとわかった「unfortunately(残念ながら)」という単語。
通訳さんの日本語訳を待つまでもなく、その一言で「陽性だったか…」とわかりました。
途中から夫にも会話に入ってもらい…
「残念ながら、陽性です」と言われた瞬間は、全身が固まり、一瞬うわの空のような感じに。
まだまだ、大事な話が続きそうなのに、聞き逃してしまいそう…そう思い、在宅ワーク中の夫に一緒に話を聞いてもらうことにしました。
話はかなり長くなってしまったので、一緒に聞いてもらっていて良かったです。
きっと、あの状態の私が会話のすべてを理解して、あとで自分の口から夫に伝えるのは無理だったと思います。
診断名はDCIS(非浸潤性乳管がん)ステージ0
診断名は「DCIS(Ductal Carcinoma In Situ/ディーシーアイエス)」
日本語では「非浸潤性乳管がん(ひしんじゅんせいにゅうかんがん)」と呼ばれます。
がん細胞が乳管の中にとどまっていて、まだ周りの組織には広がっていない状態で、「ステージ0」とも言われる早い段階のがんなんだそうです。
また、女性ホルモンに反応するタイプ(ホルモン受容体陽性)だということも分かりました。
これは、がん細胞が女性ホルモン(エストロゲンやプロゲステロン)を栄養にして増えるタイプ、ということなんだそうです。乳がんの中でも多いタイプで、ホルモンの働きをおさえる「ホルモン療法」が治療の選択肢になるのだとか。
診断前は前向きだったはずなのに
結果を待っている間に、乳がんについて調べて、もしがんだったとしても、手術や治療を受ければ大丈夫なのかな!と、わりと前向きに考えていたんです。
ところが、いざ「がんです」と言われると、やっぱりショックでした。
どんな手術になるんだろう…胸は残せるのかな?全摘出なのかな?痛みはどのくらいあるのかな…そのあとの治療は?費用は?…アメリカで治療を受けるのか、日本で受ける?じゃあ家族は?…
頭の中に、気になることが色々と浮かんできました。
でも、今の時点では分からないことばかり。
だから、今はひとりで答えを出そうとするのはやめて、わからないことや聞きたいことをメモに取って、先生に聞いてから考えよう!と思うことにしました。
診断されて、これからのこと
検査を受ける前は、自分の家系はがん家系ではないし「きっと大丈夫でしょ!」と、あまり深く考えていなかったので診断を聞いた時は「そうかぁ…」と落ち込みました。
でも今は「早めに見つかって本当によかった」と思っています。
今週は外科の先生との詳しい状況、今後の治療法にについて相談する予定です。
その記録は今後も少しずつブログに残していこうと思います。
忙しいとつい後回しにしがちですが、自分のために、乳がん検診の予約をしてくださいね。
まわりの大切な人にも「検診行った?」と声をかけてもらえたらうれしいです。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。

